大家族が快適に暮らせる、現代インド家屋の工夫に学ぶ ワールドハウジング Vol.10

アジアで最速の経済成長を続けるインド、その中で最も急ピッチで開発の進んでいる都市のひとつである、マハーラシュトラ州プネ。 1960年代ごろから自動車産業をはじめ、製造業で栄えてきたこの街は、「東洋のオックスフォード」との別名を持つほど優れた人材を輩出する文教都市としても知られ、インド国内はもとより、世界中から人が集まってきています。 そんなプネに生まれ育ち、最先端のIT産業に20年以上携わってきた、市内の中堅ソフトウェア会社で幹部役員として勤める女性が、大家族ながらもお互いのプライバシーを守りつつ、快適に暮らしている家を見せて下さいました。
この街の発展を見守ってきた、築40年以上の古い邸宅
産業の発展に伴う人口の増加を受け、新しいマンションやビルが次々と建設されているプネは、最近、不動産が高騰しており、新築マンションの中には、面積の差こそありますが、東京と変わらないぐらい高額な家賃を設定している物件もしばしば見られます。
他都市から移住してきた新興ミドルクラスの住民たちは、こうした広々としたマンションでの核家族世帯が多く、快適な都市型ライフを楽しむケースが増えています。
一方で古くからの住民は、先祖から引き継いだ大きな家にジョイントファミリー(大家族)として暮らしつつ、現代のライフスタイルに合わせたリフォームを楽しんでいるようです。
今回、ご自宅を案内して下さったアニータ・カムティカル(仮名)さんは、結婚以来およそ30年以上、ずっと今の家で暮らしています。
「インド式のライフスタイルを大切にしながら、快適に暮らせる家屋を拝見したい」との趣旨を述べると、「是非我が家を見に来て!」と真っ先に申し出て下さったほどの自慢のお宅に、期待を膨らませて訪問してきました。


アニータさん宅の外観(左) 幹線道路を少し入った便利なロケーションで、現在は地価が急騰しているエリアです。

近所の映画館
個別のニーズや、増えていく家族に応じて、少しずつ建て増し
建て床面積300平米の石造りの家は1961年に建てられ築45年以上がたちます。建てた当初は2階建てで、1階にベッドルーム2部屋とダイニングルーム、応接ホール、キッチン、2階にベッドルーム3部屋という構造でした。
嫁いでまもなくは、ここにアニータさん夫妻とご主人のお兄さん夫妻+子供2人、そしてご両親で暮らしていました。
そのうち、よりプライバシーが尊重できる暮らしを希望したお兄さんファミリーの意向で、2階部分に広々と取ってあったバルコニーを囲って部屋にし、キッチンを付け、玄関も別に作り、いわゆる2世帯住宅となりました。
やがてアニータさん夫妻も2人の男の子に恵まれ、子供たちが成長するにつれて、大きいと思っていた家でも、だんだんと窮屈に感じるようになってきました。
そこで20年程前、新たに床面積半分の広さの建物を上に足して3階部分を作り、さらにアニータさんの長男が結婚し、若いお嫁さんを迎え入れるのを機に、もう半分も部屋にしてしまいました。
現在は、1階に年老いたご両親、2階にお兄さんファミリー、3階にアニータさんファミリーが暮らしています。
こうしてレゴ・ブロックのように、ニーズがあれば積んでいき、建物内の階段で各戸を結びつつ、別々の入り口を持つことで独立しているこの家は、外観を見ても分かりますが、まるでミニ・アパートのよう。
こんな自在な建て増しも、しっかりとした石造りのお宅ならではでしょう。
南向きは不人気、酷暑しのぎが最優先課題
ドバイは、夏の最高気温が50度前後まで上がるという酷暑の地域であるため、暑さしのぎを重視した家づくりが基本です。特に誰も「南向き」は希望しません。冷房(エアコン)完備は当然で、窓ガラスは基本的にミラーガラスが採用されています。
また、リーガン邸は、ドア以外が全て白で統一されていましたが、これも一般的によく見かける内装です。壁・天井が一面コンクリートの白い壁、床は白いタイル、そして階段は白っぽい石。ここまで徹底して白いと、視覚的にもひんやり感があります。
デザインとしては、曲線の取り入れ方に特長がありました。クローゼットのある場所へ通じる区切り部分がアーチ状になっていたり、出窓やベランダは半楕円形に突き出ていたり。これは市内に残存する昔ながらの建物やモスクでも目にしました。伝統的なスタイルのひとつようです。
現在、リーガン邸には3名が「シェア」という形で同居しています。いわゆる間借りです。アパートでもビラでも、赤の他人同士が「シェア」していること自体はめずらしくないのですが、それにしても、9LDKですから、部屋はまだ余っているはず。そのことについて尋ねると、
「空き部屋の1つはジムにしたんだ」
と案内してくださいました。現在は仕事が忙しくなかなか手が回らない状況ですが、他の空き部屋もどのように活用するかは決めているそうです。暑さ厳しい地域がら、インドアライフを充実させるのも重要とのこと。
「また数カ月後に来てよ。ホームシアターや図書室は完成しているはずだよ」と。

アニータさん宅の外観は、一見するとミニ・アパートのよう


新旧スペースの境目をくっきり示しています(左) 各戸はこのように階段でつながっていますが、完全に独立しています(右)
プライバシーの考え方は、ジョイントファミリー文化で一層成熟
アニータさんにとっても、自宅のリフォームを行う上で一番大切にした点は、やはり「プライバシーの確保」でした。
インドの人たちは、てっきりジョイントファミリーとしての暮らしを当たり前のように受け入れ、すっかり慣れていると思っていた筆者にとって、実は少し意外でした。
家族のメンバーが多いだけに、それぞれの交友関係も広くなりがちで、お国柄からそういった友人やら職場の人やらを気軽に家に招くことは当たり前なのですが、その都度いちいち家族全員が巻き込まれるのは、実際にはとても疲れることなのだと本音を漏らしていました。
その点、このように家族といえども完全に別々の世帯で暮らしていれば、突然生活のペースを乱されるようなこともないことでしょう。
ちなみにアニータさんファミリーの暮らすフロアには、共用のもののほか、各ベッドルームにも個別のバス・トイレが付いています。
日本人からするとなんとも贅沢ですが、こんなところにまでプライバシーに気を配った住宅は、インドではさほど珍しくありません。
古くからジョイントファミリーでの暮らしに慣れているインドだからこそ、プライバシーに対する考え方が進んでいるのかもしれません。


くつろぎの空間が3つに分かれていることも、プライベートを互いに干渉せず過ごすのに役立っているということです(左)ベッドルーム個別のバス・トイレ。(右)
ワストゥー・シャストラ ―― インドにもあった「風水」。
古来から科学が極めて発達していたインドには、土地に占める建物の割合や向き、形、窓や玄関の位置、家具の配置までも細かく指定する、中国の「風水」に当たる考え方として、「ワーストゥ・シャストラ(Vaastu Shastra)」というものがあります。
とはいえ、アニータさんの家が建てられた当時は周囲に何もさえぎるものがなかったため、日差しの向きや風の通り方に気を配った建て方をした程度で、特に気にしていなかったそうです。
アニータさん宅のように、ワーストゥ・シャストラをそれほど重視しない家もありますが、最近は若い人たちを中心に、また見直されているようで、書店にも様々な関連書籍が並んでいます。
アニータさんは、ご主人とそのお兄さんが建築士のため、リフォームの際には特に設計面で苦労しなかったという恵まれた境遇でしたが、インドでは普通、ペンキ塗りなども含めて全てを外注するため、良い業者に巡り合えるかどうかが非常に重要です。
費用は、アニータさん宅ぐらいの広さのダイニングを改装するのに、およそ60万円ということで、「かなりまとまった出費になるから、リフォームするのも一生に2回ぐらいかしら」とのこと。
でもお孫さんができれば、さらにもう1階上へとお家が伸びる日も近いかもしれませんね。


朝の光をたっぷり取り入れる応接ホール(左) ベランダにブランコ、というのは流行のひとつのようです(右)


お客様にくつろいでもらったり、鉢植えを置いたりと好きなように使いたいフリースペース。アニータさんの案で作られました(左) これぞインドならではのインテリア!?停電時のバックアップ用バッテリーもこうして覆うとおしゃれ(右)